サイト名『ぶんかぶんか』

体験・大学講義

大学での講義を聴くことの代理体験をするためのシリーズです。随時更新の予定です。

講義01

たいよおわけさもあいかわらずひがしからのぼった さて これわきそくにしたがったかつどおなのだろおか たとえば くるまがどおろのひだりがわをはしるのわこおつうほおきとゆうきそくにしたがったかつどおであるが それとおなじよおに たいよおがひがしからのぼるのも なにかこおつうほおきのよおなきそくにしたがったかつどおなのだろおか そおでわないだろお たいよおわなるほどきそくてきにうんこおしてわいるが くるまがこおつうほおきにしがたうよおにしてまいあさひがしからのぼっているわけでわない でわ たいよおのうんこおとくるまのうんこお きそくてきにふるまうことときそくにしたがうこととわ いったいどこがちがうのだろおか ここで みちのわくせえにおりたったとかんがえてみていただきたい せえぶつとおもわれるものたちがいる あなたわひそかにかれらのかつどおおかんさつする たとえばかれらわおたがいにであうとかならずしんたいおあかくするよおだ さて このそおごしんたいせきかげんしょおわ いったいきそくにしたがったかつどおなのだろおか それとも たいよおのうんどおのよおに たんなるきそくてきなしぜんげんしょおとゆうにすぎないのだろおか いや なによりももんだいなのわ どおすればそれがわかるのか とゆうことである みちのわくせえにおりたったあなたわ そこのせえぶつたちが きそくにしたがったかつどおおしているのかいなか おどおすればしりうるのだろおか ひとつのもっともらしいこたえわこおである くるまのうんてんしゅはこおつうほおきおじかくしているが たいよおにわもちろんそんなじかくわない それゆえ たんにきそくてきにうんどおしているばあいときそくにしたがっているばあいとでわ うんどおしているとおのものがそのきそくおじかくしているかどおかがぽいんととなっているのでわないか だが このおおとおわざんねんながらまとおはずしてしまっている ふたつのもんだいおしてきしておこお まずだいいちに きそくにしたがっているものわかならずそのきそくおじかくしているだろおか とゆうてん たとえば われわれわにほんごおはなすが そのときにほんごのきそくおじかくしているのだろおか なによりも われわれわにほんごのきそくおおもてだったかたちでゆうことができない たしょおはぶんぽおのちしきおもっているかもしれないが ぶんぽおがどおであるかなどひとこともいえないにほんごのじゅくたつしゃとゆうのはいくらでもいるだろお また たとえこおつうほおきのばあいのよおにきそくがおもてだってあたえられているばあいでも じっさいにくるまおうんてんしているときにひだりがわつうこおのきそくなどおいしきしているだろおか みぎがわつうこおのちいきからやってきたばかりのうんてんしゅでもなければ そんなことわことさらいしきしたりわしないだろお げえむがはくねつしているとき だれもげえむのきそくなどいしきしたりわしない きそくにしたがったかつどおがじゅんかつにしんこおしているかぎり きそくわいしきされない これわきそくのほんせえじょおのことであるよおにおもわれる そこで なおもこおいいたくなるかもしれない いしきされてわいなくとも じかくわしているのだ だが これだけでわいったいなにおいいたいのかわからない もしこおこたえたいのであれば そのいわんとするところおせつめえしなければならないだろお しかも にほんごのばあいのよおに われわれわしばしばそのきそくおゆうことができない それにもかかわらず きそくにしたがうものわそのきそくおじかくしている とわ どおゆういみなのだろおか だいにに かりにたいよおがじぶんのうんこおおじかくしていたとしても かならずしもそれわたいよおがきそくにしたがっていることにわならないのである へんなそおてえだが にゅうとんががけからあしおすべらせておちてしまったとしてみよお がけからおちながら かれわじぶんがしぜんらっかのほおそくにしたがっていることおじかくする しかし しぜんらっかのほおそくとおちていくにゅうとんとのかんけえわ けっしてこおつうほおきとうんてんしゅとのかんけえとおなじものでわない いくらじかくがあったとしても それわなお しぜんほおそくとしてのじかくときそくとしてのじかくとでくべつされねばならないだろお しかし われわれがもんだいにしているのわまさにそのちがい ほおそくときそくとのちがいにほかならない だとすれば じかくのうむわそのちがいおまったくあきらかにしてわくれないのである でわ もしかしたらほおそくときそくとわことならないものなのだろおか いや わたしにわとてもそおわおもえない いったい たいよおわあすもひがしからのぼるべきなのだろおか なるほど われわれわあすもたいよおわひがしからのぼるだろおとよそおする だが きっとのぼるだろお と のぼるべきだ とゆうのとわちがう たとえば しばしばやくそくおやぶるじんぶつについて かれわこのやくそくおきっとやぶるだろお とよそおしたとする これにたいしてあるいわ いやかれもこのやくそくわまもるだろお とべつのよそおがたてられるかもしれない しかし どちらのよそおがたてられよおとも いずれにせよ かれわやくそくおまもるべきだ とゆうてんわおさえられている かれがじっさいにやくそくおまもるかどおか じじつわどおなるかわからない しかし まもるべきだ とゆうきはんわゆらいでわいない ここにおいて じじつのもんだいときはんのもんだいがことなっていることがりかいされるだろお じじつとして けさたいよおわひがしからのぼった じじつとして たいよおわたいこよりれんめんとしてひがしからのぼりつづけている そしておそらくわ じじつとしてあすもたいよおわひがしからのぼるだろお だが たいよおわひがしからのぼるべきなのだろおか いや たいよおわどこからのぼるべきとゆうこともない たいよおわそれがのぼってきたところからじじつとしてのぼってくるだけであり たとえほおそくなどおかまいなしにへえぜんとにしからのぼってこよおと べつにひなんされるすじあいのものでわない じじつとしてたいよおわにしからのぼり そしてわれわれがそれおよそくしそこねたとゆうにすぎない もおいちど わくせえたんさのそおてえおおもいだしていただきたい そこのせえぶつたちのこおどおをかんさつしつづけたあなたわ かれらのふるまいおずいぶんうまくよそおできるよおになっているかもしれない しかしそれわ つまるところ じじつおかんさつし それにもとづいてじじつおよそおしているにすぎない むこおからいったいのせえぶつがやってくる こちらからもまたいったいのせえぶつがやってくる かれらわであって きっとしんたいおあかくそめるだろお だが これわ あきになればこのあたりのななかまどもきっとあかくいろづくだろお とゆうよそおとどこがちがうのだろおか そおすべきだからそおしているのか それともたんにじじつそおなっているにすぎないのか そのちがいわさらにかんさつおつづければわかるのだろおか わたしのみとおしわひかんてきである いくらかんさつおつづけても でてくるのわじじつ じじつ じじつ そしてじじつおいくらぬりかさねても きはんせえわでてこないのでわないだろおか わたしわさきに げんごわきそくにしたがったかつどおであるとのべた つまり げんごえのといわきはんせえのれべるでたてられるべきものなのである ここに げんごおたいしょおとするけんきゅうがじじつのがくたるしぜんかがくとほんしつてきにことなったものとならざるおえないりゆうがある たとえば どおぶつわげんごおもつか としばしばとわれる だがこのといわ どおぶつこおどおがくてきにけっちゃくのつくじじつのもんだいとしてわとらえきれないせえかくおもっている しかし だとすれば われわれわどのよおにしてきはんせえのれべるでといおたて たんきゅうおすすめればよいのだろおか こおしたもんだいおめざしつつ われわれわさらにこんぽんてきにといすすめていくことにしよお いったい きそくにしたがう とわどおゆうことなのだろおか

野矢茂樹「規則のパラドクス」より(野本和幸・山田友幸編『言語哲学を学ぶ人のために』世界思想社、2002)