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見ただけではわからない「不特定動作動詞」

わたしたちはどのようにして語を学習するのでしょうか。見聞きすればだいたいそれとわかる、物体や物質や動作や姿勢や状態を直接表わす語は学習がしやすいと言えます。さて、そうではない語のなかで、実は学習がしにくいと思われるグループの語があります。その中の一つのグループを今回取り上げます。それは、いろいろな動作や姿勢や状態を指すことができる動詞です。しかも同じ動作などをしても、その語を必ず使うとも限らないという語です。つまりちょっと見聞きしただけでは、その語が当てはまるかどうかがわからない語なのです。

ではその話に行く前段階として、見聞きすればそれとわかる動詞の説明をまずします。動作や姿勢は出来事なので、所要時間を加えて手軽に文を作ることができます。

  • 十分間歩いた。
  • 十分間話した。
  • 十分間食べた。

歩く動作や話す動作や食べている動作は見聞きすればだいたいはわかります。「歩く」「話す」「食べる」はそういう点で学習しやすい語だと言えます。

次の場合はどうでしょうか。

  • 十分間黙った。

動作が無いという状態も、見聞きすればはだいたいわかります。たとえば「黙る」などはそうです。黙っていなかったらわかるからです。

もちろん「十分間話した。」は「十分間途切れることなく音声を発していた」ということまでは含意しません。この点で「十分間黙った。」とは対称的にはなっていません。「十分間黙った。」なら、十分間のうち「音声を少しでも発した瞬間」があってはならないように思えるからです。また「十分間歩いた。」も「十分間途切れることなく歩いていた」ことまでは含意せず、信号待ちなどで止まったときがあっても構いません。「十分間食べた」にしても同じことです。その間に水を飲んだりしていてる時間があっても構わないのです。一方で「十分間歩かなかった。」「十分間食べなかった。」ならば、わずかでも歩いたり食べたりした瞬間があってはいけないように思えます。

動作を述語とする「十分間歩いた。」のような文も、「十分間途切れなくずっと歩いていた」というほどでなくても良くて、十分間を「歩く」という動作によって代表させた文なのだ、くらいに捉えておくのが良さそうです。

次の場合はどうでしょうか。

  • 十分間待った。
  • 十分間本を読んだ。
  • 十分間考えた。

「待つ」とか「読む」とか「考える」は見聞きしただけでは、はっきりとはわかりません。とりわけ「待つ」ことや「考える」ことに固有の動作や姿勢などありません。これらは言わば「態度」を表わす文だと考えたほうが良さそうなのです。だからわかるのは「待っていない」場合や「全然本を読んでいない」場合や「まったく考えているように思えない」場合です。十分間の間に、そういう否定的な状態が無いことまではそれなりに識別できますが、それ以上の識別は困難です。とりわけ「待っているふり」「本を読んでいるふり」「考えているふり」までは識別できません。そういうわけで、態度を表わすこれらの語は、見聞きするだけで学習が完了する語だとは言えません。自分自身がする側になってみることが学習には必要な語だと言えます。

これに対して、「歩くふり」や「黙るふり」というのは通常ありません。「歩くふり」は歩くことにほかならず、「黙るふり」は黙ることにほかなりません。「話すふり」や「食べるふり」も特殊な仕掛けでもしない限り、まず成立はしません。だから「歩いているかいないか」「話しているかいないか」などの判断は、見聞きした通りで良いことになるのです。

さてこれらとは少し違ったタイプの動詞があります。以下がこのページの本題です。

  • 十分間働いた。
  • 十分間練習した。
  • 十分間調べた。

「働く」「練習する」「調べる」に「十分間」という所要時間を付加したものは、おかしくない普通の文になります。これらは動作や姿勢や状態として現実化しているので所要時間をもつからです。

しかし「働く」ことに固有の動作などはありません。「練習する」ことに固有の動作などもありませんし、「調べる」に固有の動作などもありません。「走る」という動作が、プロの陸上競技選手の場合なら「働く」と呼ぶこともできるようになりますし、サッカー部の中学生なら「練習する」と呼ぶことができます。あるいは、パソコンに向かって図書館の蔵書を検索することは、図書館の司書がやっているのであれば「働く」と呼べますし、図書館を訪ねた一般の人がやっているのであれば「調べる」と呼べます。これらを動作や姿勢や状態だけを見て、「どういう動詞で呼ぶことができるか」を判断することはできません。小さい子供に向かって「あれが“働く”ということなんだよ」と教えることにも、あまり適していないのです。

走っていれば必ず「働く」になるわけでも「練習する」になるわけでもありません。また、「働く」ならば必ず走る動作をするわけでも、調べるなら必ずパソコンに向かってキーを叩くわけでもありません。かといって、走ることやパソコンで検索することが、「働く」ことや「練習する」ことや「調べる」ことのための単なる手段というわけでもありません。プロの陸上競技選手にとっては「走る」は働くための単なる手段ではなくて、それ自体が「働く」ことの一部です。図書館の司書にとって、パソコンに向かって蔵書検索をすることは「働く」ことの単なる手段ではなくて、それ自体が「働く」ことの一部です。

ところで、気づいた人もいると思いますが、図書館司書の場合、蔵書検索は「働く」とも呼べますが「調べる」と呼んだっていいのです。「調べる」ことが「働く」ことの一部になっているからです。

特定の動作や状態をもたないけど、何かの動作や状態ではあるようなこういった動詞を、かりに「不特定動作動詞」とでも呼んでおきます。

「不特定動作動詞」については、はっきりとわかっていないことがいろいろあります。たとえばなぜこういう動詞があると都合が良いのでしょうか。一つの仮説としては、これらは単に不特定の状態を指すだけでなく、「望ましい」状態をうっすらと指すための動詞である、というものが考えられます。「働く」ことや「練習する」ことは、まあたいてい「望ましい」ことです。「調べる」にしても、たいていの場合「人類のため」「国民のため」「お客さんのため」「社会のため」だったりして、望ましい目的のためであることが多いと思われます。誰かの役に立つというわけです。だから「働いた」「練習した」「調べた」と聞けば、うっすらとですが「良いことをした」ということなのだろう、と聞いた側は推察できるわけです。補足します。たとえば「悪事をはたらく」という言い方がありますが、ということは、特に断らなければふつうは「働く」ということは「悪事」ではないわけです。だからこそ悪事の時は特に断る必要がある、というわけです。(「善行をはたらく。」という非文を作ってしげしげと眺めてみると以上のことが実感できます。「善行」とわざわざ断らない場合、「はたらく」は悪事を指すのだろうか、という気がしてくるのです)

「不特定動作動詞」のような語をどのようにして子供は習得していくのでしょうか。これもまあよくわかりません。おそらく「働く」や「練習する」の特定の場面や状態を習得し、それを基盤にして、一つ一つ増やしていったのではないでしょうか。「あれも働くと呼んでいいのだ」「これも働くと呼んでいいのだ」…という具合にしてです。あるいは「あれは働くとは呼ばない」というふうに反例も学習していったことでしょう。こういった語はとりわけ、「習得したかしていないか」という二択にはなりません。ほとんどの場合「ある程度習得した」という状態であるはずです。「完全な習得」というゴールがないからです。

動作や姿勢や状態を表わす動詞全般に言えることですが、「動作だけ」が固有の特徴をもつ、といっても、「動作だけ」が見えるわけではない場合が多いと言えます。「歩く」という動作が見えると同時に「道路」や「靴」という「物質」も見えています。「働く」という動詞を使う場合も、「制服」だったり「お金」だったり「お店」だったり、いろいろな「物質」や「物質の状態」が見えているわけです。そういうものも、「動作」とともに、習得や識別の手掛かりになっていると思われます。つまり、動作の「対象」だったり動作する「状況」だったりも習得・識別の手掛かりなのです。

最後に語彙力強化もかねて、動詞を名詞に変えたフレーズを作ってみます。意味がだいたいは同じになるようにしてみます。ただし二つ候補を挙げた場合は、その二つでは意味や言わんとすることが少し異なっています。

  • 十分間歩いた。→十分間の歩行
  • 十分間話した。→十分間の発話/十分間の会話
  • 十分間食べた。→十分間の食事
  • 十分間黙った。→十分間の沈黙
  • 十分間待った。→十分間の待機
  • 十分間本を読んだ。→十分間の読書
  • 十分間考えた。→十分間の思考
  • 十分間働いた。→十分間の労働/十分間の勤務
  • 十分間練習した。→十分間の練習
  • 十分間調べた。→十分間の調査

二つ挙げた場合について簡単に補足します。「発話」だととにかく音声を発している場合ですが、「会話」だと相手がいて話をやりとりしているという場合です。また、「労働」だと家事やボランティアやお手伝いも指すことが多いと言えますが、「勤務」だとこれらを指すのが苦しいかもしれません。「勤務」は働いていると法律的に言える場合に限定されそうなのです(つまり、「勤務」だと給料が必ず出なくてはいけない、ように思えます)。

知らない名詞があったら、少し慣れておくと良いでしょう。そして、他の名詞で置き換えられるかどうか、なども試してみると良いでしょう。